笑いで便秘、糖尿病などの病気を直し健康になろう
笑いは健康の源!? いま、医学の世界では「笑い」を糖尿病などの治療に役立てようという試みがされています。 笑うことは、からだの治癒力を高めストレスを和らげる効果があるといわれています。 「笑う門には福来る」です!あなたもお笑いで笑って健康を取り戻しましょう!

トニー滝谷 プレミアム・エディション

http://images.amazon.com/images/P/B0009Y2910.09._SCMZZZZZZZ_.jpg 人気ランキング : 185位
定価 : ¥ 4,935
販売元 : ジェネオン エンタテインメント
発売日 : 2005-09-22
発送可能時期:通常24時間以内に発送
価格: ¥ 4,935

   村上春樹原作の同名短編を、市川準監督が映画化。ジャズ・ミュージシャンの息子として生まれ、「トニー」という名を付けられた主人公がイラストレーターとなり、仕事先の編集部員、英子と結ばれる。幸せな結婚生活で唯一の問題は、英子が次々と新しい洋服を買うという依存症だった…。イッセー尾形がトニーを淡々と演じ、英子役の宮沢りえも、言いようのない焦燥感を絶妙に表現する(彼女は妻の“身代わり”となる女性と2役を好演)。
   ゆっくりと左方向へ動いていくパン(水平移動のカメラワーク)が心地よい。トニーの幼い頃の生活から、仕事、結婚生活と移りゆく日々が、走馬燈のように画面を流れていく。カメラと被写体の距離感は、市川監督の『病院で死ぬということ』を思い出させる。西島秀俊のナレーション、坂本龍一作曲のピアノ曲など、多くの要素がマッチした映像世界が伝えるのは、孤独であることの哀しさと心地よさの二面性。結局、人間は死ぬまで独りであると納得させられながらも、それはそれで辛いのだという思いが、ふつふつと湧き上がってくる。(斉藤博昭)

とてもきれいな映画

そう、とてもきれいな映画でした。
とりわけ宮沢りえが初めてスクリーンに登場するシーンは息をのむほどで。
間断なく流れるピアノ(坂本龍一)も美しい。
大学生時代をイッセー尾形が演じるのは、まぁちょっと無理はありますが。
村上春樹原作の映画はこれで5本目。
大失敗作「風の歌を聴け」のあと、短編「パン屋襲撃」、「4月のある晴れた朝に100%の女の子とすれ違うことについて」(映画タイトル:100%の女の子」、「土の中の彼女の小さな犬」(映画タイトル:森の向こう側)が映画化されていますが、メジャー配給作としては久しぶりということになるのでしょう。
それにしてもどうして、サントラでないんでしょう? ほしいなぁ。
追記
iTMSのアメリカサイトで検索したら、アメリカではサントラが発売されている。

2005年、今のところ邦画ベスト1です

徹底した構図の美しさに加え、まるで、ページがめくられるみたいに、左から右へゆっくり流れるようにパンし、カットが変わる。それが一種、様式美となっている。それに、脱色処理を施して色調を浅くしたという、クリーム色の中にセピア色が溶けているような色合いの画像が、そぎ落とされたような少ないセリフと相まって、静寂感と浮遊感を微妙に醸し出す。そして、空の広さも印象的でした。
宮沢りえとイッセー尾形が共に演じる二役は素晴らしく、イッセー尾形は何を演じさせて手も上手いけど、その笑顔が素晴らしい。胸が締めつけられるような、笑顔。英子に向ける子供のような、くしゃくしゃの笑顔。そして、宮沢りえの美しさ。洋服の買い物依存症の女性なんて、下品になりそうな役なのに、上品で繊細で透明感ある表情と声。手を触れると壊れてしまうような雰囲気がよく似合う。
さらに、さらに、心の奥底から深く揺さぶるような坂本龍一の音楽。キャスト、演出、キャメラ、音楽、すべてがまさに奇蹟のように組み合わさって、じわじわと心に効いてくる締め付けられるような寂しさ。パンフに市川準監督自身が書いているように、決してリアルな映画ではない。でも、登場人物の心情やその変化はまぎれもなくリアルだった。村上春樹と監督との間で、幾度ものやり取りがあったそうですが、ラストシーンは小説にはないものです。観客にゆだねられたトニーのその後。これもよかった。

風が気持ちいい

 気持ちのいい風をずっと感じていられる、さわやかな映画だ。けれど
もなぜか映画の世界に浸りきれない。この中途半端感はぬぐいよう
もない。
 村上春樹の小説世界を崩さないように崩さないように慎重に作った、
そんな印象を受ける映画だ。画面の切り替えは、まるで小説のページを
穏やかにめくるようだったし、音楽も画面に自然に溶け込み、静かな喪
失感をとらえていた。
 しかし、なぜナレーションをイッセー尾形の1人称にしなかったのか。
小説が1人称じゃないからといって、それを映画で踏襲する必要はない
はずだ。この映画のナレーター自体の出来が悪いと言っているのではない。
むしろ、このナレーター(西島秀俊)は、村上春樹の「僕」的世界が作
る空虚な感じを、かなり小説のイメージどおりに伝えていたように思う。
しかし、だからこそ、このナレーターに対する違和感はぬぐえなかった。
登場人物ではない人間がナレーションをするのなら、むしろ女性か、あ
るいはもう少し無色透明感のある人を起用したほうがよかったのではな
いだろうか。「僕」をイメージさせてしまうが故に「この人は誰なん
だ」と考えてしまい、それで映画に集中できなくなった。だから私とし
ては、イッセー尾形の1人称で聞きたかった。そのほうが絶対にストー
リーに入っていけたはずだ。
 しかも、ナレーションを途中で切って登場人物にそれを代読させるよ
うな、あのミュージカル的といってもいいような手法をとっていたが、
これもこの映画の世界に入っていけない要因になっていたように思う。
このような手法はどういった効果を狙ったものだろうか。監督の意図を
知りたい。うまい理由が思いつかない。
 そうは言っても、映画の作るこの涼しげな雰囲気はいい。宮沢りえの
さわやかさは、映画を流れる風と一体化していた。昼に部屋の窓をあけ
て見ていたい映画だ。
  

映画のほうが好きかも…

 村上春樹ファンの方々にとってはいろんな思いのある映画かも知れませんが、個人的には小説版よりも映画版の方が良かったですね。
 特に、小道具によるトニー滝谷の性格表現が良かったと思います。特に、食卓のシーンで、トニー滝谷がたった一人なのにサラダボールに綺麗に野菜を盛り付けて食べるシーンや、冷奴などのおかずを一品一品小鉢に盛り付けて食卓の上がきちんと整えられているシーンなどは、トニー滝谷の性格を無言で表現したシーンとして凄く良かったと思います。
 ただ、映画全体を通じて、ストーリーよりも宮沢りえさんの魅力で最後まで引っ張った映画という感じがちょっとするんですよね。もちろん、それは宮沢りえという女優さんが凄く魅力的な女優さんであるということで、とてもいいことだとは思うのですが、何となくそれ以外の部分がちょっと物足りなかったですね。

孤独に衣装する

 前評判通り、イッセー尾形と宮沢りえの際立った存在感で成り立っている作品。イッセー演じる主人公の絶望的な孤独と、宮沢のはかなげで刹那的な美しさが、映像の中でうまく溶け合い、緩やかな時間のもと、丁寧過ぎるほどに両者の感情の機微を描いている。タルコフスキーの「ノスタルジア」をほうふつとさせる、静謐な雰囲気と透明感。坂本龍一の、感情の襞に染みるように美しい音楽がさらに引き立てる。
 小津的なローアングル、絵巻物を見るような横スクロールを使った暗転、ヒッチコックを想起させる女性の足首への偏癖的接写等、様々な技法を駆使している。イッセーと宮沢の演技力に感動する。
 気になったのは、モノローグによる場面、感情説明が多すぎること(一部の台詞を登場人物自身に語らせるのは面白かったが)。原作に対する敬意と愛情ゆえなのだろうが、映画の文法力を低下させている。また、今注目(らしい)西島秀俊のナレーションは全然よくない。
 ラストの唐突な終わり方は市川準のいつもの悪い癖だが、中篇作品(75分)であるのと、村上春樹原作の雰囲気を大切にしているためか、結果的によい幕引きになったように思う。

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